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menuki symbol

砂金包図(無銘)

商品番号:MK-030

目貫 江戸前期 桐箱入

25,000円

山銅地 容彫 金鍍金

表目貫/長さ:3.75cm 幅:1.26cm 高さ:0.50cm 重さ:3.34g

裏目貫/長さ:3.57cm 幅:1.25cm 高さ:0.48cm 重さ:3.34g

今も昔も金次第・・・なんて、欲望丸出しの本目貫。砂金の包を三つ配した判りやすい構図です。欲に目が眩み、表裏目貫の判別もどうでもいいやとは思わないでください。同じレイアウトに見えますが、ちゃんと違いは表現されているようです。表目貫とした方は両端の縄紐の端が見えています。裏目貫の方は端が描かれた右側に対し左側は丸く括られているだけです。でも、その違いだけで他はシンメトリーの構図ですから、表裏の区別はわかりません。ま、どっちの砂金も価値は同じということにして、表裏目貫の区別は皆さんに一存です。

地金は山銅で中央の包だけに金鍍金を施しています。三つの包とも金鍍金にすれば豪華に見えただろうに・・・と思うのは早計です。もしかして左右の包は銀包かもしれませんよ。金包は中央にどんと置いて、それより価値の低い銀包を両端に配置してメリハリと意味合いを持たせたのかもしれません。じゃ〜なんで両端の包に銀色絵を施さなかったのかって? それはつまり、この、その、あの・・・当時、銀は貴重な輸出品であったために刀装具にはほとんど使われておらず、せいぜい上手作の露象嵌に見られるぐらい・・・と、苦しい言い訳と推測を吐露する次第です。(しかし銀を巡る背景は今述べた通りであって、銀の産出量のデータも公表されています。) とはいうものの本作の制作時代は江戸前期、銀はようやく使われ始めた頃。やっぱりケチった可能性も否定できませんね。ま、いずれにしても銀色絵を施す前提の話であり、私の妄想に過ぎません。

裏行の圧出はやや強めに責めながらも、地板の打出には叢があり厚い箇所もあれば薄い箇所も見られ決して上手とは言えません。腰も低く、江戸期に入るとこの手の造込が増えてきますが、それでも江戸中期以降の分厚い地板とは違って、まだ手作り感というか圧出への技が残されていると思います。こんな目貫ですが絵柄は縁起の良い画題、ここは一つ運勢アップを兼ねて御守りがてらに愛蔵するのも一考です。